John James Audubon
ジョン・ジェームス・オーデュボンJohn James Audubon(1785〜1851)は、フランス人船長の長男として、フランス領サント・ドミンゴ島(現ハイチ)に生まれました。7歳の時にフランスに移住し画家ダビットに絵画を学びました。
18歳の時にアメリカに渡り、27歳になりアメリカの市民権を得ました。事業や投機のの失敗により一度は破産しましたが、アメリカ各地を歩き回りながら鳥の絵を描き続け、図鑑「アメリカの鳥類」を完成させました。
オーデュボンは、晩年、さまざまな取材旅行をつうじて、しだいに野生動物の捕殺や自然環境の破壊を憂えるようになり、その保護を主張しました。その意志は、没後30年、弟子のグリンネルによって、オーデュボン協会設立という形で受け継がれました。さらに20年後、世界をリードする自然保護組織=ナショナルオーデュボン協会が発足しました。
***オーデュボンの生涯***
●幼年時代 1785〜1791(0〜6歳)
4月26日フランス領サント・ドミンゴ島(現ハイチ)に生まれる。幼名ジャン・ラビーヌ。父フランス人ジャン・オーデュボン船長、母はハイチ在住のジャンヌ・ラビーヌ。まもなく母は死亡。フランスへ帰国した父は革命政府の海軍将校となる。
●少年時代 1792〜1802(7〜17歳)
フランス北西部ナントおよびクーヨンにて少年時代をおくる。何度も転校、勉強はあまり身につかなかった。
●アメリカ市民になる 1803〜1814(18〜29歳)
父の命令で、ナポレオン政権の徴兵を逃れアメリカへ。鳥の研究を始め、実業家となってルーシーと結婚。1812年(27歳)、アメリカの市民権を得る。
●実業家時代 1815〜1819(30〜34歳)
店経営のかたわら、投機ブームにのって土地・木材・製材所・蒸気船につぎつぎと出資、経済不況のあおりで破産。
●下ずみの時代 1802〜1830(35〜45歳)
無一文だがなんとか本を出版しようと決意、各地で絵の製作に没頭(〜41歳)。しかし、国内では出版社にとりあってもらえなかった。似顔絵を描き、金持ち相手の絵やダンスの家庭教師などのアルバイトで生活費を稼ぐ。妻ルーシーは家庭教師、教師として生計をたて、息子二人をひとりで育てる。イギリスで本の出版元が決まり、予約販売も始まる。帰国すると新任のアンドリュー・ジャクソン大統領にまねかれるなどすっかり著名人扱いだった。
●画家として成功 1831〜1834(46〜49歳)
アメリカ各地で絵の取材をしながら予約注文を集める。「アメリカの鳥類」図版全完成。フロリダ、ラブラドール(現カナダ)にて標本収集および絵画製作に励む。
1838(53歳):「アメリカの鳥類」の図版全点製作完了。
1839(54歳):「鳥類の生態」最終巻を出版。
●晩年 1835〜1851(50〜65歳)
アメリカに戻ったときの本拠地として、ミニーズ・ランドに新築した屋敷に移る(1837完成)。「北米のほ乳類」の完成をめざし、衰える体力と競争で探検を続ける。最晩年は出版の仕事を息子たちにまかせ、療養生活を続けた。
1851年(享年65歳):1月27日、フィラデルフィア郊外、ミニーズ・ランドにて亡くなる。